1日遅れました... - 10/09は太陽暦採用記念日 -

昨日は「太陽暦採用記念日」ということで、明治 5年に「太陰太陽暦」から「太陽暦」に改めると発表した日だそうです。

▲明治6年(1873)太陽暦(国立国会図書館蔵)
明治5年の暦は、発布から実施までが短すぎて、行き渡らなかったとか。

いわゆる「旧暦」は、純粋な「太陰暦」ではないんですね。『太陰太陽暦』と云って「太陰暦を基にしつつも、閏月を挿入して実際の季節とのずれを補正した暦」だそうです。約3年に1度、月の運行と季節≒太陽の運行とのずれを補正するために、閏月が設けられていました。
そして、その閏月を算出する目安が二十四節気だったんですね。知らなかった。(^^;

このような暦の計算を、江戸時代は幕府天文方が担当しておりました。何度か改暦しているのですが、その中の寛政暦(1797完成・1798改暦)の作成担当だったのが「高橋至時」でした。このころは中国を通じてケプラーの法則も伝わっていたようで、高度な計算が行われていたようです。
#「高度な」≒「自分の理解を超えている」ですが...

この高橋至時を師事したのが伊能忠敬です。

というわけで、一葉と酉の市 - 日銀、新しいお札を発行 20年ぶり図柄刷新 - 04/11/02のときに文末で宿題になっていた『「伊能忠敬墓」・「高橋至時墓」』にたどり着きました。

伊能忠敬が遺言で師・高橋至時の墓のそばにと遺したため、このように台東区東上野・源空寺に葬られてているそうです。
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(1/25,000 東京首部)

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by senokoba | 2004-11-10 17:14 | 時節
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